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| 法然上人が浄土宗を広めた際,それを非難する者がいて,土佐(高知県)に流されることになりました。その際,上人が75歳のお体を心配された関白九條兼実のはからいで,1207年笠島に移されました。 地頭駿河権守高階保遠入道は,厚くもてなし,館(笠島東山城)の前にいおりを建て,念仏の道場にしました。上人はわずかの期間滞在され,本島を去られました。 1578年(天正6年)徳誉道泉法師が,荒れたいおりを建て直したのが,今の専称寺だそうです。専称寺で百万遍を行っていた時の,10mほどの大数珠が残っています。 専称寺には,源空汁器と書かれた品や,地頭保遠に与えたとされる仏,上人が去る時残された石(六字名号を刻まれた)などがあるそうです。 |
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(参考:「地域から学ぶ本島の歴史と文化」本島小学校昭和57年刊)